[ コラム ]
医療・福祉の現場に「アート」の介入
NPO法人アーツアライブでは、普段芸術活動に接する機会が少ない人々の「日常生活を豊かなものにすること」、さらに「アートの力によって人間性を回復すること」を目標に、医療や福祉の現場にアートを持ち込む活動をしています。「アート」と聞くと、敷居が高いようですが、アートを通したコミュニケーションは単調な生活になりがちな高齢者福祉施設に“非日常”を提供し、利用者にも喜ばれているようです。
記事内写真左:この部屋に入居している高齢者の話を元に制作した、和紙の障子絵。
記事内写真右:小市亮二氏による、不思議な形の立体からそれぞれのイメージを作り出すワークショップ。高齢者との交流や施設職員の献身的な姿を見る体験は、作家にとって人間成長につながり、創作への刺激にもなるという。
記事内図:アーツアライブの活動の仕組み。作品のレンタルなども行っている。
■高齢者が喜ぶ“個”への作品
アートの介入は、美大の学生やプロの作家が施設の壁画を手がけたり、高齢者と一緒に何かを制作したり、ピアノコンサートを開催したりと、方法は様々です。
アーツアライブ代表の林容子氏は、活動を続ける中で、施設に対して作られた大きな作品より、小さくても個人の溜に作られたもの、作家と一緒に作ったものが喜ばれることに気付いたそうです。「集団生活を送る高齢者にとって、自分という“個”のために作られたことに意味があるのでは」と言います。
毎年ピアノコンサートを開催している施設では、その日は高齢者に思い思いにおしゃれをしてもらい、“非日常”を演出します。毎回最後に「来年も楽しみにしているよ」の言葉をもらうそうです。日常の規則正しい生活の中に、アートを通じて良い刺激や次の楽しみをつくり出しています。
■もっとアートの力を活かしたい
世界的なアートプロジェクトで活躍し、大学の准教授でもある林氏がアーツアライブの活動を始めたきっかけは、海外の医療福祉施設を見学したことです。至る所にアートを取り入れた空間を見て、アートの力の活かし方に日本と格段の差を感じたそうです。
また、自身の入院時の体験も動機のひとつでした。日常的にアートに接していた林氏は、病院の白い壁に囲まれた環境に耐えられず、許可を得て1枚の絵を持ち込みました。するとスタッフも同室の患者さんも、自然と絵に目がいき、そこから会話も生まれたそうです。
「もっと多くの医療・福祉の現場に活動範囲を広げていきたい。私たちは単調な生活の中でも、気軽に外に出て気分転換できますが、高齢の方はそうはいきません。だから私たちが現場に行き、非日常を感じてもらうことが大切なのです」と林氏は語ってくれました。
芸術をケアに生かす
画家・木下晋さんら参加 NPOがワークショップ
医療や介護の場に芸術を生かそうと活動しているNPO法人「アーツアライブ」(東京都・今道友信理事長)が、都内で開かれた日本認知症ケア学会大会でアート・ワークショップを開いた。(稲葉千寿)
記事内写真:介護士を前に高齢者の美しさについて語る画家の木下晋さん=東京都内で
住まいや食べ物など、暮らしが画一化しがちな病院や老人ホームでは、美術や音楽などの刺激が個性や人間性を取り戻し、新しい人間関係を生むきっかけともなるー。そんな考えから一九九九年、任意団体として発足したアーツアライブ。美術作家や美大生、音楽家らが、東京都や静岡県などの医療や介護の現場で成果を挙げてきた。常務理事の林容子さんによれば、床に絵を貼っただけで認知症患者の徘徊パターンが変わった例もあるという。
今年はNPO法人となったことから、活動の場を広げようと、看護師や介護士が全国から集う学会で、ワークショップを行うことに。今回行われた全四回のワークショップでは、各回約五十人の介護士らが、患者らと一緒にできる和紙工作をしたほか、お年寄りを描いてきた画家の話を聞いたり、舞踏と絵画のパフォーマンスを楽しんだりした。
画家の木下晋さんは、ある女性を百五歳で亡くなるまで二十年間描いたことを紹介。「描きたくなるのは、その人が興味を持つに値する人だから」と話し、人をさまざまな角度から見つめ直すことの大切さを説いた。
東洋画家の小西ミホさんは、踊り手の動きから受ける印象を色や線で表現してきた。「相手のエネルギーを感じて描くことで、知識や概念から自分を解放できる」と小西さん。
林さんは「施設の職員が改善したくてもできないことも、アートとしてならできる。アーティストに活動の場を提供し、医療や介護とアートを結び付けるマネジメントを職業にできるよう働きかけたい」と話していた。
[ エッセイ ]
アートは医療福祉の現場で何ができるのか?
記事内写真右上:ロンドンのアートフルな病院
記事内写真左上:NYの認知症高齢者ワークショップ
記事内写真左下:アーツアライブで制作された障子絵(入居者の思い出を和紙の貼り絵で再現)
筆者は“アートマネージメント”(芸術運営管理)というアートや音楽といった芸術を社会で生かす術、つまり、社会における芸術の普及のための研究と実践を専門にしている。90年初頭にNYより帰国以来、日本において芸術と人々の生活の距離を近づけるべく大学で教鞭をとる傍らアートイベント企画、実施、講演、執筆を通して現場で活動し、アートの重要性を訴えてきた。その中でもボランティアとして10年来続けてきたことに医療、福祉にアートを取り入れる活動がある。1999年に英国で開催された医療福祉とアートに関する国際シンポジウム(CHARTS)に参加したことに刺激され、「アーツアライブ」(日本語で芸術で生き生きという意味)という名称のもとに活動を行っている。病院や介護を必要とする高齢者のための専門施設と芸術は一見無関係に感じられるかもしれないが、欧米では既にこれらの施設においてアートや音楽は欠かせないものとなっている。実際、数々の臨床データによっても、アートや音楽活動がうつ病やアルツハイマー等の治療や症状の緩和に有効なことが証明されつつある。これまでに筆者が視察したロンドンの病院はまるで美術館のようであったし、フィンランド最古の精神病院Kelokofskiでは、設立当初よりアートセラピーを治療方法の主軸にして、まるでアートセンターのような多様な芸術活動のための設備を揃えて精神科医、アートセラピスト、アーティストの3人のチームで患者の治療方法を決定していた。
さらにこの3月には、NYで精神医療のリハビリセンター、小児癌の専門病院、アルツハイマー病の高齢者施設等5カ所を視察させてもらったのだが他の約束をキャンセルしてまで5時間にわたって視察してしまった認知症高齢者のためのプログラムでは、高齢者の態度の変化が余りに顕著で感動し最後にはからずも号泣してしまった。私を号泣させたプログラムの内容は、元美術史教授による印象派作家マチスの画集を使ったイメージ化についてのディスカッションから季節の花チューリップを使ったコラージュ制作のワークショップと各々の作品の講評、昼をはさんで、午後は、テーブルが撤去され、椅子が円陣に並べられた。ピアニストが皆の好きな曲を演奏すると次第に、誰とも無く彼らは立ち上がって踊り始めた。最後には車椅子の方を除く高齢者、セラピスト、ボランティアの全員が音楽にあわせて踊っていた。立ち上がれない人も手を動かし、身体をゆすり、中にはフランス語で歌っている女性もいる。彼らと直接接して彼らが認知症であることは明らかだったので、私はこれらのプログラムに対する彼らの反応の変化にただただ驚愕してしまったのだ。家路に着く彼らの顔は紅潮し笑顔があふれていた。日本でも施設では、作業療法などのリハビリや筋力の低下を防ぐトレーニングなど行われているが、そこには、老人達の笑顔があるだろうか。身体のみならず、精神を高揚させる音楽やアートのパワーを間近に見た瞬間だったのだ。表現することは、人間の基本的な欲求であり、認知症であっても芸術という非日常との出会いによりそれは可能になるのだ。
前述のアーツアライブの活動は、お蔭様で多くの支援者を得て10年余の活動を経て今年の3月にNPO法人となった。これからは組織として病院や高齢者介護施設等での展覧会、コンサート、作品制作、ワークショプ等の活動を通して、個の喪失しがちな日本の医療、福祉の現場で一人でも多くの患者、高齢者や介護従事者にそれぞれの心に響く精神のカンフル剤のような心待ちにする体験を提供するお手伝いができたらと思っている。
[ Dd遊学散歩インタビュー ]
医療・福祉の現場に生きたアートを!
個性を引き出すアートの力で、人も社会もいきいきと!
■医療・福祉の現場に息づくアート
■アート・プロジェクトで元気になる
■さまざまな対話を生み出すアート
■アートは「社会の毛細血管」!
■医療・福祉の現場に息づくアート
●NPO法人「アーツ・アライブ」では、どのような活動をされていますか。
林:アーツ・アライブは美術や音楽などのアートによって、医療や福祉の現場を元気にすることを目的としています。アート・プロジェクトを希望する病院や老人施設があると、そこに作家が訪問または滞在し、入居者の方々と生活をともにしながら、その場所に適した作品の制作やワークショップを行います。
はじめは施設の方も、作家が何をするのか疑心暗鬼なのですが、彼ら・彼女らがすぐに入居者と自然なコミュニケーションをとることにまず驚きます。そして、似顔絵を描きながら会話をして仲よくなるなかで、入居者は元気づけられていきます。一連の制作活動を共有することで、病院の環境や施設で働いている方の気持ちも変わっていきます。その結果、アート・プロジェクトは施設の方にも好意的に受け入れられてきました。
● 活動のきっかけは何ですか。
林:これまでパブリックアートの研究をするなかで、日本の社会でアートをいかに活かせるかを研究し実践してきました。
その一環で、1999年にイギリスで開催された「Arts for Health(健康のための芸術)」という国際シンポジウムに参加しました。そのプログラムでは、病院などの医療現場だけでなく、公衆衛生学や予防医学までもが包括されていました。
また、ロンドンとバーミンガムにある最先端の医療現場も視察しましたが、すばらしかったです。チェルシー地区の国立病院では、ショッピングモールのような建物に現代アートがたくさん飾られ、コンサートや展覧会などの多様な活動が行われており、近隣の人がお茶を飲みに来ていました。「地域に開かれた病院」の姿がそこにはあったのです。
その経験を踏まえて、最初に一緒に参加した湖山泰成氏が運営する静岡県の特別養護老人ホームなどで、美大生や若手の作家とアート・プロジェクトを行ってきました。その活動が場所・数ともに拡充し、10年間続いたところで、さらにアートを医療や福祉の現場に広めていこうと決心したのです。今年、「アーツ・アライブ」はNPO法人格を取得しました。
■アート・プロジェクトで元気になる
● 実際に、どのようなアート・プロジェクトを行ってこられたのですか。
林:たとえば、「障子絵のプロジェクト」では、入居者のお話を聞いて障子に和紙の切り絵を施しました。殺伐とした個室にある真白な障子をキャンバスにみたてて、美大生は入居者の想いを絵にしていきました。「村祭りが楽しかった。そこにいまの私を入れてほしい」と言われて、村祭りの光景のなかにその方を描くと、たいへん喜ばれました。次第にテレビを見るのをやめて、自分の絵を眺めるようになった方もいます。このようなプロセスは回想法といって、認知症の進行を止め、記憶を呼び起こすことにも繋がるそうです。
「季節を感じるアート」では、入居者と学生が一緒になって作品をつくりました。農家でにんじんをつくっていた人が、作家と一緒にプラスチック粘土でにんじんをつくったのです。介護する人と入居者は対等な関係になりにくいのですが、作家と入居者は対等な関係で共同作業を行うことができます。その方が亡くなったとき、「肌身離さず持っていたにんじんをお棺に入れさせてもらった。作品を燃やして申し訳なかった」というお話を聞いたときは、私たちも作家も感動しました。その方は、一緒につくったにんじんをとても大切にしてくれていたのです。
また、「遊べるクッション」では、作家が+と−のホックがランダムに付いた多様な形の無地のクッションをつくり、「好きな形を選んで、好きな絵を描いてください」と入居者に言うと、カラフルなクッションができました。それらを組み合わせて遊べるように、施設に来る幼稚園児にお礼としてプレゼントしたところ、とても喜ばれました。施設の入居者は日ごろ「ありがとう」と言うことはあっても、その反対に言われることはあまりありません。クッションのおかげで、入居者が「ありがとう」と言われる機会ができ、幼稚園児との間に等身大の関係が生まれました。
● アートは人の個性を引き出すのですね。
林:入居者が施設に入ると、集団の一員として扱われます。画一的な部屋で食事時間も決まっていて、個性がないのです。ですから、入居者の個性を引き出すこと、あるいは個人に対するアテンションが必要となります。アートによって個性を引き出しながら共同制作をすれば、世代間のコミュニケーションも生まれます。いろいろなことを想像すると脳もよい刺激を受けますし、一緒につくったという思い出は心を温めてくれます。そして、何よりも、自分が楽しかったり、大切に思う瞬間が再現されると、人は元気づけられるのです。
病気や加齢とともに不自由になると、人は生きる自信を失いがちです。しかし、アートに触れることで、一人ひとりが生きている価値を見直し、人間としての尊厳を取り戻すことができます。その意味では、アートの最大の目的は「エンパワーメント(Empowerment)」であるといえるでしょう。意欲や関心という潜在的な力を引き出すことで、力のない人たちに力を与えることができるのですから。
■さまざまな対話を生み出すアート
● アートにはどのような楽しみ方がありますか。
林:アートはいろいろな見方があることを教えてくれると同時に、人と人を繋げる力があります。よい作品があると元気づけられて、自然に近くの人とコミュニケーションが始まります。時間をかけてアートと向き合っていると、自分自身のなかでいろいろな発見があります。また、「人が思うことと自分が思うことは違う」と気づくこともあります。
そして、「人はみんな違うけれど、同じものに感動することができる。コミュニティを築いていける」という希望が生まれ、人間らしい環境を取り戻すことができます。「モノを所有する/しない」、「能力がある/ない」、「仕事ができる/できない」といった見方に支配されるのではなく、そのような違いがあるからこそ人間のコミュニティはすばらしいと思えるようになるのです。
日本は公共空間での企業活動に対して寛容なので、私たちの生活空間は商業的な宣伝に取り囲まれています。看板やディスプレイは「モノを買わせよう」という欲望を刺激する映像で溢れ、人を知らず知らずのうちに疲れさせます。そのような社会では、個々の人間の小さな声は押しつぶされています。アート活動をとおして、その小さな声を呼び起こすことが大切なのです。
● アートは他人への思いやりも育んでくれるのですね。
林:他人の気持ちをわかるには、「想像力(Imagination)」が必要です。アートに親しんで「創造性(Creativity)」が高まると、想像力が強くなります。文化、宗教、年齢の違いを超えて一緒に生きていくには、お互いを思いやることが大切です。経済や法律ばかりを重視してきたため、いまの日本はそれが欠けた社会になっているのではないでしょうか。
ヨーロッパやアメリカではアートは生活の一部になっていますが、日本での生活にはアートとの接点がありません。日本人もこれからは、生きたアートに接することが大切になってくると思います。工場の量産品と作家の作品とでは、込められた想いの強さが違います。オフィスなどにアートを取り入れるだけでも、その魅力に気づくと思います。
また、アメリカやイギリスのアート教育には、一般の社会から外れてしまった人たちを呼び戻すソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)の役割が期待されつつあります。貧しい人たちが貧しいままだと、生活保護や犯罪が増えます。しかし、彼らの創造性を刺激することで、生きる力を取り戻すことができます。つまり、国家が発展するには、アートが必要だと考えられているのです。
■アートは「社会の毛細血管」!
● 今後、どのような展開を考えられていますか。
林:アートはいま、地域起こしにも活用されています。シャッター通りになった商店街に作品を展示すると、それを見に多くの人がやって来て、新しいコミュニティが生まれます。アートというプラス・アルファがあることで、人はそれを見たくなるし、楽しくなるし、よい影響を受けることもできるのです。
このように、一つひとつの生きたアートが、小さな変化を呼び起こすことができるのです。
その意味で、アートは「社会の毛細血管」なのだと思います。動脈などのような幹線でなくても、すべてに繋がっていて、すみずみまで行き届きます。私たちの身体と同様に、社会にも温もりが必要なのです。そのためにも、医療や福祉の現場にアート作品やアート・プロジェクトを紹介していきたいと思います。
絵画は高いというイメージがありますが、それほど高くありません。財産と考える必要はなく、家具のように気楽に変えていけばよいのです。美術史上の評価よりも、作品を見て楽しいか、元気づけられるかということが、医療や福祉の現場では大切だと思います。
● 歯科医院にはどのようなアートがよいのでしょうか?
林:待合室にいろいろなデザイナーズチェアーを置くだけでも、待ち時間が短く感じられるかもしれませんし、痛みが和らぐかもしれません。絵や音楽といった美しいものには癒し効果がありますし、絵がときどき変わるだけでも会話の幅は広がります。
歯に痛みをもった人が画一的な環境にいると、そのことばかり考えてしまいます。むし歯の治療説明や治療機器の音しかないという空間が、歯科医院のマイナスイメージをつくっているのかもしれません。「歯を治そう」とか「タバコをやめよう」といったポスターは、見るのもつらいのではないでしょうか。
現代アートにはユニークなものが多いのですが、歯や口を独特の視点で撮ったビデオ作品を映すだけでも、歯の痛みを忘れさせてくれるでしょう。また、完全にできあがった作品ではなくて、後から患者さんが手を加えられるような参加型の作品も面白いと思います。
歯科医院には繊細な道具がたくさんあるため、作家を呼んでワークショプをして、そこに患者さんを誘うのもよいですね。歯科医師の先生も患者さんもアートに関しては素人なのですから、「先生と患者」という固定された人間関係を取り払って、「人と人」という対等な関係をつくることができるでしょう。
歯科医師の先生が身を削って医療活動をするように、作家は命をかけて作品をつくっています。作家の作品を見るだけでなく、作家の話を聞くのもよい経験になると思います。
●生きたアートが身近にあると、新鮮な気分で毎日を過ごせそうですね。ありがとうございました。
[ 現代GPシンポジウム 2008年11月29日 ]
いのちの現場で育まれるアート・デザイン
基調講演/パネルディスカッション
基調講演「アートと医療福祉:アートマネージメントの視点より」
■「イーゼンハイムの祭壇画」と「山越阿弥陀図」の考察から
■なぜ医療福祉にアートが必要か
■海外の取組みを例に
■Chelsea & Westminster Hospital その他欧米の取組みについて
■アーツアライブの活動
パネルディスカッション「医療とアート・デザインのコラボレーションを多角的な視点で立体的にとらえる試み」
進行:高橋伸行(名古屋造形大学准教授 現代GP取組担当者)
パネリスト:林容子・田代俊孝(同朋大学大学院教授、名古屋大学医学部生命倫理委員)・早川富博(愛知県厚生農業協同組合連合会足助病院院長)・小林昌廣(医療人類学者、情報科学芸術大学院大学教授)
●基調講演「アートと医療福祉:アートマネージメントの視点より」
■「イーゼンハイムの祭壇画」と「山越阿弥陀図」の考察から
最初に二点の美術作品をご紹介したいと思います。
一つはマチアス・グリューネヴァルト(1510-1515)が描きました、「イーゼンハイムの祭壇画」です。このような祭壇画は、ヨーロッパに多々見られるものなんですが、この祭壇画はこの年代に描かれたものとしては、非常に普通と違うところがあるんですね。これまでは、キリスト像というのが理想化されて描かれていたものが多かったのですが、これは苦しみの最中にあるキリスト、人間が苦しんでいる姿を描いたということなんです。例えば、足の部分だけ拡大してみますと、釘が刺してありまして、血が滴り真っ青になってトゲが刺さっているという、見るも無惨なキリストの全身像が描かれているわけです。私はこの作品を見た時に、最初はこれが元々どのような理由で描かれたか知らなかったのですが、それを知った時に大変驚愕しました。と言いますのは、この巨大な祭壇画はイーゼンハイムという名の村の修道院に隣接した聖堂にあったものなんです。当時はもちろん病院はありませんので、当時の修道院というのは、病にかかった人たちが最後に連れてこられた場所だったんです。そのような場所で病気にかかった人たちが拝んでいた絵がこれなんですね。キリストの両脇にいる聖人は、聖セバスチャンという聖人と、もう一人は聖アントニウスという聖人です。聖セバスチャンはペストを起こしたり、ペストを治す力を持つといわれる聖人です。聖アントニウスというのは、病を治したことがある、奇跡を起こしたことがある聖人ということで二人の聖人が描かれていたのだろうと考えられます。日常、病人たちはこのようにキリストが苦しんでいる姿を見て自分の苦しみに耐えていたと思うんですが、聖アントニウスのお祭りの日には、このように扉が開かれ、キリストの昇天する姿、つまりよみがえりの姿というものを病人たちは拝むことができたんです。私は病院とか老人施設でのアートプロジェクトを実施するにあたりまして、やさしさとか心地よさとか癒しとかそういったことを考えていたんですが、実は本当に苦しんでいる人、本当に死と向き合っている人とは何を求めるのかをこの絵を見て考えさせられました。
実は日本にも同じようなものがあります。皆さんもご存知だと思いますが、鎌倉時代に描かれました「山越阿弥陀図」というものです。「山越阿弥陀図」の阿弥陀様の手には穴が開けられていて、そこから五色の紐が出ていたということなんですね。なぜならば、この絵の前に横たわっている臨終を迎える人の手が紐を通して阿弥陀様とつながっているためなのです。この紐を握ることで阿弥陀如来に連れて行かれるという浄土思想ですけれども、このような絵画が当時大変流行ったということです。これもやはり臨終を迎えるにあたって、目も朦朧と、頭も朦朧としている時でもこれほど阿弥陀様が大きく描かれたということは、よく見えない目でも見えるようにしたためであろうと思われます。幾つかの「山越阿弥陀図」には「地獄図」というものとペアで制作されたものがありまして、「地獄図」の方ははっきりとは見えないように細かく描いてあります。それはたぶん見えないようにして、いざという時にこちらの阿弥陀図の絵を見せるということでしょう。阿弥陀様の眉間には穴が開いていて、そこには水晶の玉が入っていたと言われています。この水晶の玉から、投下した光が臨終を迎える病人の心に注がれるのではないかと推測します。
このように16世紀と13世紀、300年の隔たりはあるものの、西洋と日本と全く違う宗教、全く違った場所で、同じようなものを人間は求めていたんだと感じました。「山越阿弥陀図」は国宝になっておりますし、先ほどのグリューネヴァルトの作品も、もちろん国宝級の名作となっております。
■ なぜ医療福祉にアートが必要か
それでは、21世紀を迎えた私たちにとって、なぜ医療福祉にアートが必要なのかということを少しお話しさせていただきます。
まず精神的、社会的、行政的の三つの観点から必要だということをお話しします。この精神的視点というのは、単なる癒しではない、ということです。これは私自身の意見というよりも、イギリス、アメリカ等ではエビデンス、いわゆる医療福祉において臨床的にアートがどのような効果を持つかということについて様々な検証が行われていますので、それに関連した様々なリサーチから得られた結果です。その結果、患者がアートに接すること、またアートプロジェクトに参加することで自己を肯定する、自尊心を持てる、そして生きることに対する意欲を持つことができる。さらに日々の思考、行動にも変化をもたらし、自分が抱えている病気との向き合い方にも積極性を持つ。こういった効果が数々のリサーチから得られています。
そして私たちがいる日本ですけれども、ご存知のように世界一の少子高齢化を迎えています。また一方では、かつて農村社会では当然であった近隣関係、コミュニティーの崩壊、地域社会の崩壊ということがあります。少子高齢化社会が来れば、当然のことながら病人の数は増えます。そして老人ホームはどんなに数を増やしても中々入所できない、長い待ちがあるという現状です。ここで考えなければならないのは、病気になってから治療するのではなくて病気にならないようにする。これは日本も実施しようとしている政策です。同時に病気にならないためには、日々から健康の意識を高めるということです。それから、コミュニティーの崩壊につきましては —ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)と言いますが— イギリスで1960年代にいわゆる社会的弱者が、社会参画するために社会に対して様々な声を出していく、自分たちの意見を発表する機会を作ろうという政治的な目的で作られたものなんですが、このソーシャルインクルージョンには、非常にアートが有効であるということが証明されています。例えば、日本でも障がい者の方々が、芸術作品、芸術制作を通して社会に関わっていくというようなことが例にあげられます。
それから行政的な視点、これは21世紀になりまして縦割りの政策でなく横断化する、横のつながりを作る政策が求められています。文化におきましても、いわゆる文化のためだけの文化、芸術のための芸術ではなくて、例えば文化芸術振興基本法を国が平成13年に施行しておりますが、22条に高齢者および障がい者の文化芸術活動を推進する、そして28条には医療施設等の公共建築にアートを取り入れるということを、国はきちんと明文化しています。さらに高齢化社会にあたっては介護保険法、この介護保険法もやはりリハビリが重視されていまして、いわゆる寝たきり老人を作らない、高齢者施設に入ってもできる限り自分で自活していくという方針になっています。
私はこのように精神的、社会的、行政的視点から今までにも増して医療福祉の現場にアートが必要とされる強い根拠になっていると思います。
…以下続く。
[ ひととひと 関係性をつくる ]
相手のためにつくること
アートと福祉の出会いから生まれる対話と痕跡
このコーナーでは、人と人の対話や恊働のあり方をテーマに様々なフィールドを取材し、造形の実践のヒントを探します。 今月は、造形を介入して、福祉の現場を変えてゆく「アーツアライブ」という活動を紹介します。
記事内写真右:「自分の痕跡を残す」製作者/鄭鉉暻、李恩美 実施場所/複合型介護施設 熱海伊豆海の郷 実施期間/2006年8月21〜23日
記事内写真左:「和紙の障子絵」製作者/中川内美和、西川千花、坂本治子、新谷玲名、野田和希、坂本由香、石井麻子 実施場所/特別養護老人ホーム 百恵の郷 実施期間/1999年8月4〜10日
「アーツアライブ」は、美術や音楽といった芸術によって医療や福祉の現場が生き生きと元気になってもらうことを目的にアートプロジェクトを行う任意団体(現在NPO法人設立準備中)だ(※1)。アートマネジメントの専門家である林容子さんを中心に一九九九年から展開している。病院や老人施設へ、アーティストや美大生が訪問あるいは滞在して、入居者の方々と時間を共有しながら、作品制作やワークショップを行う。これまでに六ヶ所の施設で、のべ六〇以上のプロジェクトが展開されてきた。美術とケアの現場という普段は交わることのない活動が、「相手のために」と「つくる」を突破口に、出会い、人と人の関係を変化させる。
左ページ上の、障子に描かれた絵は、活動の初年度につくられた。ある特別養護老人ホームの入居者の一室の障子に和紙などの貼り絵で表現されたものだ。どんな絵を描くか、当時その部屋の入居者である女性と、美大の学生のグループが、じっくり話をしながらイメージを決めた。そこには彼女の子どもの頃の想い出、お兄さんと一緒にお祭りで遊んだときの様子と、それを眺める現在の自分(車イスに座って楽しそうに眺めている)が表現されている。
アーツアライブに参加する作家にとって重要な力を、林さんは次のように語る。「必要なのは、相手に寄り添うハート、喜んでもらいたいという気持ち。相手のためにつくる作品は、絵画の独自性を追求するものではないけれど、決して単なる迎合でもない。人生の最後を過ごす場所で、アーティストにしかできないことがあるはずなんです」。
この障子絵は美的な側面を「唯一の目標」とはしていない。「障子に描くということは、寝室という最もプライベートな空間に描くということ。当然相手が気に入るものをつくりたい。どのような作品を制作するかを相談する過程で、施設職員が嫉妬するくらいの、非常に濃密な時間が共有されるんです。」
そもそも、入居者と、絵を制作しようとする若者の間には、ほとんど共通する点がない。年齢や価値観、生きてきた場所や経験、共に暮らした人、全てが違う。そういうことを、じっくりと話し、共有しながら、ひとつの絵をつくるという同じ目的に向かう。そのような対等な立場で行われる対話は、濃密で忘れられないものになる。「人間関係の痕跡として」部屋に残るからこど、喜ばれるのだろう。共通の時間と空間を持ったことのしるしは、制作者が帰ってからも見飽きることはない。
過程を共有するということは、必ずしも作品を一緒に制作しなくても実現する。施設に壁画を描いたプロジェクトでは、何を描くかを対話のなかで決めず、事前に用意した数案から入居者が選び専攻が異なる学生のグループで完成された。林さんがある時再びその施設を訪れると、ある職員はその絵に「元気づけられる」と話した。それは「一生懸命描いていたから」だそうだ。この壁画の製作中、職員は夜通し作業を続ける学生のために照明をつけるなどして制作に参加した。また入居者は描画には参加しなかったが、出来上がる過程を眺めながら、お茶をいれたり桃を切って差し入れてくれた。プロセスを共有するかたちにも様々あるのだ。それぞれが関心をもって、壁画制作の過程を共有していた。
一般的に高齢者のための福祉施設では、入居者、施設職員、及び入居者の家族という共同体での、ケアを目的とした活動が基本となる。相手を思いやるのはもちろんだが、効率化を図らざるを得ない状況や、サービスを提供する契約を介することで、人との関係がかたちづくられてしまう側面もあるという。そこに、アーツアライブは普段とは異なるやり方を持ち込む。アートがお年寄りにとって「精神的なカンフル剤」となり生き生きと暮らすことだけでなく、プロジェクトはさらに大きな影響力をもっている。
入居者の家族にとって、作品は家族を再発見する機会にもなる。デイセンターに通う父親が作家と一緒につくったという作品を見て、「親父がこんなものをつくれるのか!」と驚き、涙を流して電話をかけてきた方もいる。
職員の意識にも変化がおきる。ある施設では、ここが寂しいからと、職員が自分たちで施設のなかに作品をつくって設置した。「ケア」の概念がやわらかく広がっている。
プロジェクトに参加する学生やアーティストにとっては、他者の作品との比較、美術的な文脈のなかでの作品の評価ではなく、目の前にいる相手との関係のなかで造形を展開する経験となる。その状況は、普段とは異なる葛藤を生む。自分の造形の「素」なかたちが喜ばれ、転機になった作家もいるという。
こうして、アーツアライブのプロジェクトは、関わったそれぞれの人に変化をもたらす。その変化の交点には、濃密な対話の記憶と、その痕跡が残っている。
※1 アーツアライブ Arts Alive:活動の考え方や詳しい内容についてはアーツアライブホームページ
『進化するアートコミュニケーション』(著=林容子・湖山泰成 二〇〇六年 レイライン)などに詳しい記述がある。
9年目の「アーツアライブ」
美術作家らが高齢者と共作 受け手の喜び「実感」
高齢者と美術作家・美大生による作品の共作活動「アーツアライブ」が九年目を迎えた。美術館や学校での芸術プロジェクトは増えたが、医療福祉施設ではまだ珍しい。静岡県芝川町の特別養護老人ホーム「百恵の郷」と同県熱海市の複合型介護福祉施設「熱海伊豆海の郷」で取材した。(稲葉千寿)
記事内写真上:昨夏の作品「動物と野菜の都」を見る川口大輔さん=静岡県芝川町の「百恵の郷」で
記事内写真下:通学路に接し、地域住民の目に触れる外壁に描かれた壁画=熱海市の「熱海伊豆海の郷」で
アーツアライブを主宰するのは、アートコーディネーターの林容子さん。「芸術に触れ、表現の喜びを体験するのは人間の本質的欲求。医療福祉現場にこそ芸術が必要」との林さんの熱意に、「自らが受けたい福祉の創造」を理念とする湖山医療福祉グループの湖山泰成代表が共感し、武蔵野美大などの美術大学生に呼びかけて一九九九年に始まった。場所は「百恵の郷」など六ヶ所。主に大学の夏休み中に実施し、学生らは施設に滞在して制作する。 「百恵の郷」の玄関に並ぶ小さな粘土製オブジェは、元同大学大学院生で美術作家の川口大輔さんが昨年、入居者と一緒に制作した。久保田緑施設長によると、制作後、入居者が飾ってあった作品を次々と部屋に持ち帰るようになった。個性が埋没しがちな集団生活を送る高齢者にとって、自分で創り、自分のために作家が創ってくれた作品は、特別なものだ。 「和紙の障子絵」は、九九年当時同大三年生だった新谷玲名さんらが、入居者から故郷や自宅の光景を聞き、和紙のはり絵で再現したものだ。 「すべての居室が白い障子で、自室がわからなくなってしまう人がいる」と聞いて思いついたという。破れたり退色したりしてきたので、今年は修復と新入居者のための新作が求められた。
芸術療法は肉体、脳の回復に有効とされる。だが、アーツアライブが目指すのは「効果」ではなく「実感」。職員と作家、入居者が対等な立場で心通わせる。職員の一人は、「アーツアライブは高齢者を幼児扱いしない。私たちもお年寄りに敬意を持って接したい」と活動に共感する。 「熱海伊豆海の郷」では今夏、壁画や「貝想風鈴」などを制作。高齢者と一緒に貝殻に絵を描いた同大三年の古渡依里子さんは、「青春時代が戦中戦後で、芸術の楽しさを知る機会が少なかったお年寄りが、作品を仕上げたときに見せる表情に、自分が初めて作品を創ったときの喜びを思い出した」と話す。 遠藤美和子施設長が「心に残る作品を創る人はお年寄りとよく会話する。時間の共有がアート。作品に顔が浮かぶかどうかが大切」と指摘するように、アーツアライブの作品価値は市場や美術館での価値とは違う。独りよがりに表現しがちな現代の作家や学生には貴重な体験だ。 林さんは「受け手の喜びを眼中に入れて作家が真摯に制作に取り組むとき、アート本来の力が再確認される」と著書『進化するアートコミュニケーション - ヘルスケアの現場に介入するアーティストたち』(レイライン刊)で書いた。それは迎合ではなく、他者との共存、共鳴のアート。美大を出てもアートで食べていける人は少ない日本で、「アーツアライブ」は作家の活動領域の広がりを期待させる。
だが、現実は厳しい。食費や交通費、材料費は施設側が捻出してきたが、介護保険法改正で介護報酬が下がり、経費削減を余儀なくされ、今年から作家の日当(一日一万円)が出せなくなった。林さんと湖山代表は、入札で作品を買い取り、施設に貸与してもらうなど、地域や企業の協賛で活動が継続できる仕組みを模索中だ。今後は、自由を謳歌し、良質の芸術に触れてきた世代が入居してくる。彼らが求めれば、活動の拡大や受益者負担もありうる。アーツアライブの進化のカギは団塊世代の手中にありそうだ。