作品名:

光る彫刻

製作者:

箕輪亜希子 渡辺里紗 岡村あさ乃

実施場所: 湖山病院

実施期間:

2005/02/6-9

 

>>作品説明

 ドーナツ状に造った直系約160cmのランプシェードに布の端切れやビーズ、絵の具といったもので、患者さん方と、ボランティアの方、病院の職員の方、私たちで装飾してゆき、病院の玄関に展示しました。
 布の端切れやビーズなど、直接手で触って貼れるものを使うことで、絵の具などで描くことへの抵抗感を和らげ、また、着物の端切れを使うことでお年寄りの方に馴染みやすいものとなるようにしました。
 直径160cmという大きさにすることで、一人ひとりの小さな仕事が気づくと大きな塊になっている!という驚きがあればと考えました。
 病院という様々な人が集まる環境の中で、なんとなくみんなの表現が繋がっていく。そして、大きな力になって働いている。その力を、明かりを灯すことによって表現できればと思いました。
 思いのほか制作が速く進み 、時間ができたので、他にもう一点制作しました。
 余った横長の布に、ランプシェード同じ要領で装飾してゆくもので。出来上がったものが、物語のように繋がっているかのように思えたことから『絵巻物語』という題にしました。







 

>>プロジェクト後の感想

【岡村あさ乃】
 病院に着くまで私自身は作家≠ニしてこの制作に臨もうと考えていました。病院という場で、患者さんと作品を作り上げるという事は、かなり難しい事だとははじめから覚悟していたのですが、作家≠ニして制作をする事は想像以上に難しいものでした。
 病院側も、私達の事を「ボランティア」という解釈をしていましたし、湖山病院で行われているリハビリと近いものだと考えている方もいました。到着して第一日目にその雰囲気を察知して、私は自分たちの作品を残すという考えを捨てました。自分の中では少しやりきれない思いをしましたが、こうなったら、患者さんに楽しんでもらえればよいと考え、8割簿ボランティアという感じで、患者さんのアシスタントとなって作品を作りました。
 制作の中で患者さんが昔の話をしてくれたことや、作ることを楽しんでくれたこと、私たちと会えた事を喜んでくれたことがとても嬉しかったです。
 私は作家*竄「う観点では満足できませんでしたが、ボランティア≠ニいう観点では交流ができて満足できました。
 ただ、作品設置場所をどうするかということで、病院側とうまく話し合いができなかったのが悔しい点です。作品を置く場ではないので大変なことだとは思いますが、もう少し協力的だったら良いと感じました。

   ≪今後見直す点≫
一時的に設置する作品なのか、永久的に設置する作品なのかを決めたら、永久的なものなら構造も考え、参加型ではなくほぼ自分たちが制作をするような形式にし、参加型なら参加型で、患者さんが作業しやすい、また、楽しい作品にする様にすればよいと思います。
中途半端だと一番やりづらく、自分の気持ち的にも中途半端なので、どちらかはっきりわりきった方が良いです。

【渡辺里紗】
 病院側も、これからは患者さんの個性を大事にしたいといっていたので、アーツアライブの活動がリハビリと違ってアートであることを理解してもらえれば、もっと受け入れの仕方も違ってくるかと思いました。
 今回は、患者さんを選んでもらってやりやすかったとは思うのですが、制作場所が五階だったり、時間が決められていることで、隔離されているという印象がありました。
 時間的には、1時間がちょうど良く、学生一人に対して患者さん1人でやったほうが良かったと思います。
 患者さんの興味の持ち方に差はありますが、手を貸せれば、立体も、大きな作品も可能だと思います。時間をかけて付き合うことで、もっと可能性が広がると思います。

【箕輪亜希子】
 今回、何か物足りなさを感じた理由として、こちらの準備不足、病院側とのコミュニケーション不足ということがあげられる。特にこのコミュニケーションを欠いたことによって目的をしっかり見出せず、一方通行になってしまっているのではないかという不安を常に抱きながら準備が行われた。それは病院に着いてからも同じで、私たちは何に向かっているのかという混沌とした中で、足場を見つけられないまま時が過ぎたという感じである。患者さんが楽しんでくれたかということさえ私個人としては不安で、表現するということに関しては、そんなところまでは全く行くことが出来なかったと思っている。なぜ病院にアートなのか、では、アートにここで何が出来るのかと根本的に問わなくてはいけないような気がしてしまう。
 アートに何ができるかと考えるならば、アーティストの視点・感覚ということがポイントになるのではないか。相手の要望に答えるだけでなく、ではこういうのはどうかという新しい見方、感じ方を提示できるかという所が問題なのではないだろうか。 病院という、空気がとどこおりやすい環境に、全く関係のない者が突然入りこんでいく事で、内側から見えなかったことを見つけ、「こんなことあるよ」という風に提示する、見ることができるようにする、感じることができるようにする。又は、外の空気をグッワッと入れてしまうことで、中のよどみをふっ飛ばし、風通りをよくするとか、そんなことがアートの役目なのではないだろうか?
 ここまで書いてきて思うことは、病院とのコミュニケーション不足は、細かい点では失敗の原因だが、根本的な理由は私の自身のなさ、コンセプトの曖昧さにあったのではないかと思っている。しかし、これを補うためにも病院とのコミュニケーションは必要だったのだろう。
 今回、アーツアライブ初体験ということで、何もわからないまま病院へ押しかけ、いろいろご迷惑おかけしました。(ただ、何もわからないというのも力であると思います。)本当に勉強になりました。